「クソしてきます!」と「嫌われる勇気」の関係

久しぶり、前から気になっていた
**「嫌われる勇気」**というドラマを見てみた。

普段あまりテレビは見ないんだけど、
このドラマを選んだ理由は2つある。

 

【理由①】香里奈さんが主演だから

実は僕、昔「フリーター、家を買う」という
ドラマを見ていた時期があって、
そこで香里奈さんが好きになった。

サバサバした雰囲気がとても良い!(・∀・)

でも、香里奈さんといえば、
一時期スキャンダルで芸能界から離れていたこともあったよね。

そんな彼女がまたテレビに出ている!
これは見ないわけにはいかない!

…と思ったんだけど、ドラマを見たら

**「昔よりちょっと老けてる…?」**と思ってしまった。

(でも、この感想はそっと胸にしまっておこうぉ。)

 

【理由②】アドラー心理学がテーマだから

このドラマの元になっているのは、
「嫌われる勇気」という100万部以上売れた本。

内容はアドラー心理学がベースになっているらしい。

僕は心理学が大好きなので、これは期待できる!
と思ってワクワクしながら見た。

 

【ドラマの感想】正直、つまらなかった…

率直に言うと…クソつまらなかった!(*°∀°)=3

なぜなら、
1時間の枠に事件解決を詰め込んでいるせいで、
ストーリーの展開が早すぎる。

しかも、肝心の事件の内容もあまり面白くない…。

「古畑任三郎の方がまだ面白かったかもしれない」と
思ったのは僕だけだろうか?

 

【良かったポイント】アドラー心理学が分かりやすい

ただ、アドラー心理学の考え方を
分かりやすく映像化しているのは良かった!

本を読むよりも、

ドラマを通じて見ることで理解しやすい部分はあった。

心理学に興味がある人にとっては、
入門編としてはアリかもしれない。

 

【なぜ「嫌われる勇気」は売れたのか?】

ドラマの元になった「嫌われる勇気」は100万部以上売れている。

でも、そもそも、なぜこんなに売れたのか?

僕が思うに、多くの人は**「嫌われる勇気」を
持ちたいと思っているけど、実際には持てない**からだろう。

本屋で「100万部突破!」とポップが貼られているのを見て、
みんな「これは読まなきゃ!」と思って買う。

でも、それ自体がすでに

**「他人の影響を受けている」という矛盾**

になっているんだよね。

アドラー心理学の本質は、
「他人の目を気にせずに生きること」

でも、ほとんどの人はそれができない。

 

【クソする勇気】小学校時代の矛盾に気づいた話

僕が小学校の時、どうしても納得できなかったルールがあった。

それは、**「学校でウンチをするとイジメられる」**という謎ルール。

人間は誰でもクソをするのに、
なぜか**「学校でウンチをするとバレたら終わり」**
みたいな空気があった。

さらに、トイレに行く時も不思議な現象があった。

【謎のトイレ文化】金魚のフン現象

  • Aちゃん:「トイレ行きたくない?」
  • Bちゃん:「そうだね。」
  • Cちゃん:「じゃあ行こうか。」
  • Dちゃん:「私も!」

みんな本当はトイレに行きたくないのに、

**「誰かが言うと、みんなでトイレに行く」**

という不思議な現象が起こっていた。

そこで、僕はこんな疑問を持った。

✔なぜ、行きたくもないトイレに集団で行くのか?

✔なぜ、学校でウンチをするとイジメられるのか?

 

【クソ宣言でイジメを回避した話】

ある日、僕は思い切って先生に言った。

「先生!クソしてきていいっすか!」

先生は驚きながらも、

**「あ、はい…」**と許可してくれた。

こうして、

正々堂々とクソすることを宣言した僕は、
イジメられることはなかった。

むしろ、堂々と言うことで
「突っ込む隙がない」状態を作れたのだ。

これは、大人になった今でも通じる。

自分の弱点や不安を
先にさらけ出せば、
相手に攻撃されにくくなる

ということだ。

 

クソする勇気こそ、嫌われる勇気

「嫌われる勇気」が100万部以上売れたのは、

みんなが**「他人の目を気にせずに生きたい」**

と思っているからだ。

でも実際には、

日本人は**

「空気を読む」「周りに合わせる」「波風を立てない」

ことを美徳として育てられる。

だからこそ、本当の意味で

「嫌われる勇気」を持つことは難しい**。

 

「他人の目を気にする=自分を抑えて生きること」

・みんなが賛成している意見に、本当は違和感があるけど言えない。

・職場で理不尽なことがあっても、波風を立てたくなくて我慢する。

・友達に誘われた飲み会、本当は行きたくないのに「断ったら悪いかな…」と参加してしまう。

こういう経験、誰にでもあるんじゃないかな?

人間は社会的な生き物だから、
「人からどう思われるか」を気にするのは当然のこと。

でも、それを気にしすぎると、
いつの間にか**「本当の自分を押し殺して生きること」**になってしまう。

**「自分の本音を言ったら嫌われるかも」**

という恐怖があるから、つい周りに合わせてしまう。

でも、それって本当に幸せな生き方なのか?

 

本当の自由は「言いたいことを言えること」

アドラー心理学では、

「他人の期待を満たすために生きるな」と言っている。

つまり、「どう思われるか」よりも、

「自分がどう生きたいか」を優先することが大事だということ。

もちろん、社会の中で生きている以上、
全てを好き勝手にやるわけにはいかない。

でも、少なくとも

**「自分の意見を言うことを恐れない」**

くらいの自由は持っていいはず。

「クソしたい!」と思ったら、堂々と言っていい。

「行きたくない!」と思ったら、ちゃんと断っていい。

「やりたい!」と思ったら、迷わず挑戦していい。

結局のところ、**本当に自由な人間とは、
「自分の言葉で生きられる人」**なんじゃないかな?

 

「嫌われる勇気」とは「受け入れる勇気」

「嫌われる勇気」って、単に
「他人を気にせず好き勝手に生きること」ではない。

「自分の意見を持ち、それを堂々と言う勇気を持つこと」

そして、その結果として…

✔ 自分を理解してくれる人が残り、そうでない人は離れていく。

✔ すべての人に好かれることを諦め、自分らしく生きられるようになる。

そういう生き方ができるようになったら、
きっと人生はもっと楽になるはずだ。

 

「自分を出す勇気」を持つところから始めよう!

「嫌われる勇気」なんて大それたものは、
いきなり持てなくてもいい。

でも、まずは小さなことから

**「言いたいことを言う勇気」**を持ってみる。

✔ 行きたくない飲み会は断る!

✔ 無理なお願いには「NO」と言う!

✔ 本当の気持ちを素直に伝える!

つまり、

本当の自分、本当に自分が思っていること。

それを出すことができるようになったら、
きっと世界の見え方が変わってくる。

そして…

僕達はいつだって、クソを出して生きている。
逆にクソを出さなければ、最悪は死んでしまう。

だから、いつも通り、

「クソすりゃいい!」

そうやって本当の自分を
少しでも出していくことで

「嫌われる勇気」の本質に
近づけるのかもしれないね。

では、では!

チャオ(・∀・)

 

PS
自由に生きたいと思っても、
結局、自由に生きることが出来ない
多くの理由は、やはり他人を気にして
生きていると言うことだと思うんだよね。

自由に生きる為には、
お金も大事だけど、

もっと大事なのは、
やはり「他人と比較しない」
と言うこと。

ただ、成長と言うプロセスの中では、
比較は使えるんだけどね。

でも、成長と自由は切り離すべき。

じゃぁね。

チャオ(・∀・)

PPS
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