「自由になりたい」
そう言う人は多い。
でも、自由を
“増やすこと”だと
勘違いしてる人も多い。
もっと稼げたら自由
もっと時間があれば自由
もっとスキルがあれば自由
もちろん、それも大事。
でもね、僕は思う。
本当の自由って、
手に入れるものじゃなくて
手放した先に残るものなんだ。
なぜ人は自由になれないのか?
自由になれない理由は
環境じゃない。
会社が悪いとか
家族が悪いとか
時代が悪いとか
そうじゃなくて、
“捨てられないもの”が
心を縛ってるんだよね。
しかも厄介なのは、
本人がそれに気づいてないこと。
本質:自由を奪う「見えない鎖」
じゃあ、その鎖は何か。
僕が見てきた限り
多くの人が握りしめてるのは
だいたいこのへんだ。
* 他人の評価
* 嫌われたくない気持ち
* 完璧でいたいプライド
* 失敗しないための言い訳
* 誰かの期待に応える役割
で、ここからが大事。
これって、
アドラー心理学の
『嫌われる勇気』と
めちゃくちゃ重なる。
アドラー心理学と照らし合わせると、こうなる
ここからは分かりやすく
“照らし合わせ”でいくね。
①「他人の評価を捨てる」っていうのは
アドラー心理学で言われている、
「承認欲求からの解放」のここだよ。
自由を奪う最大の鎖は
「認められたい」なんだ。
評価を追うほど
人生の主導権が
他人に移っていく。
アドラーは
嫌われる勇気を持て
と言う。
つまり、
嫌われてもいいから
自分の道を歩け
ってこと。
これが自由の入口。
②「他人をコントロールするのを捨てる」っていうのは
アドラー心理学で言われている、
「課題の分離」のここだよ。
相手がどう思うか
相手がどう動くか
それは相手の課題。
こっちはこっちの課題。
ここを分けられないと
人生はずっと苦しい。
相手の反応に
生き方を預けるから。
課題を分けた瞬間、
心がスッと軽くなる。
③「完璧主義を捨てる」っていうのは
アドラー心理学で言われている、
“劣等感”との付き合い方のここだよ。
完璧でいようとする人ほど
実は劣等感が強い。
失敗したら
価値がなくなる気がする。
でもアドラーは
劣等感は悪じゃない
と言う。
問題なのは
劣等感を言い訳にして
止まること。
完璧を捨てて
不格好に動けた人から
人生は変わる。
④「被害者意識を捨てる」っていうのは
アドラー心理学で言われている、
“目的論”のここだよ。
「過去がこうだったから」
「環境がこうだから」
そう言いたくなるのは分かる。
でも目的論の視点では
人は過去に支配されてるんじゃなく
“今の目的”のために
その解釈を選んでる。
つまり、
動かない目的があると
動けない理由を作ってしまう。
ここを捨てた瞬間
人生は自分の手に戻る。
具体的行動:捨てるための3つの処方箋
自由は気合じゃない。
設計で手に入れる。
今日からできる形にしておくね。
1)「捨てる対象」を一個に絞る
いきなり全部は無理。
まず一個。
* SNSのだら見
* 嫌われたくないYES
* 完璧じゃないと出せない癖
* 不安だから先延ばし
一個でいい。
でも、確実に。
2)課題の分離を一回やる
これ、効く。
「相手の反応は相手の課題」
「自分の行動は自分の課題」
この線引きを
紙に書いてみて。
線を引けた瞬間
自分の人生が戻ってくる。
3)“嫌われる勇気”を小さく使う
いきなり嫌われに行く
って話じゃないよ。
小さくでいい。
* 断る
* 休む
* 言う
* 出す
* 進める
自分を守る選択を
一回してみる。
その一回が
自由の第一歩になる。
結論:自由は「自分に戻る」こと
捨てるって、
失うことじゃない。
本当は、
自分に戻ることなんだ。
他人の目を捨てる
役割を捨てる
言い訳を捨てる
完璧を捨てる
そうやって最後に残るのは
“自分で選んだ人生”だけ。
アドラーが言う
嫌われる勇気って
結局ここだと思う。
他人の期待を捨てて
自分の人生を生きる勇気。
まとめ
* 自由は足し算ではなく引き算
* 捨てるべき最大の鎖は「承認欲求」
* 「課題の分離」は自由の基本技術
* 完璧主義と被害者意識を捨てると人生が動く
* 嫌われる勇気は“自分に戻る勇気”
> 自由とは、
> 他人に好かれることじゃない。
> 自分に嘘をつかないことだ。
じゃぁね。
チャオ(・∀・)