なぜ?人は捨てられた猫を救うのか?

山道の道路の
真ん中に、

ぽつんと

微動だにしない、
子猫を見つけたのは、

もう1ヶ月前
ぐらいの事。

車を止めて、
よーく見てみると、
その子猫は、
目が塞がっていて
目が見えていない
ような状況。

サイズ的には、
手のひらに乗るぐらいの
小さな、小さな命。

「もし、この猫を
 このまま、ここに
 置き去りにしたら
 生きてはいけるだろうか?」

「間違いなく生きてはいけない。」

そう感じ、

後先を考えず、
その子猫を保護した。

病院で色々と見てもらい、
入院も2回繰り返し、

最悪は、

「目を摘出しないといけない」

そんな事も言われたけど、
今は奇跡的に、目は回復。
日々、元気に飛び回っている。

1日2回クソもする
めちゃくちゃ快便(・∀・)

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猫を拾って人生が変わった話
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そんな事もあって、
YouTubeで同じように
猫を保護した人達の
動画を見るようになった。

その動画の中で、
300万回以上回している
動画を発見。

チャネル名は、
Moto猫ちゃんねる

動画のタイトルは、
猫を拾って人生が変わった話

ってヤツ。

この人もたまたま
7匹の捨て猫を山で発見。

しかし、

「流石に7匹の子猫を育てるのは。。。」

そんな現実が思考し、
一旦、その場を立ち去るんだけど、

結局、仕事をしながら、

「あの子猫たちは
 生きていけるだろうか?」

いてもたっても居られなくなり、
また、その猫が居る山に行って
その猫を保護する。

そして、その後、

その人の人生が
変わっていく模様を
動画にしていたんだよね。

結論、

その人は、猫動画がキッカケで
会社を辞めて、新しい人生を
歩んでいくと言う話。

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なぜ?学ばなければ
いけないのか?
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僕が好きな言葉で、
吉田松陰が解いている

「なぜ?学ばなければ
 いけないのか?
 学ぶと言う事は
 思い出すこと。」

そんな問があるんだよね。

思いやりとか、
優しさとか、

そんなのは、
人間が本来持っているもの。

しかし、それらを
僕たちは大人になっていく
過程でどんどん忘れていく。

だから、
学んで、

それを思い出さないといけない。

と言う考え。



例えば、
僕が教えている
コンテンツビジネス
で言うならば、

フリーコンテンツを作って
まずギブしていく。

そんな事をする
必要がある。

リストを集客したい時も、
必ずプレゼントみたいな
コンテンツを先に提供するよね?

でも、

ビジネス的に言うと、
これは、ビジネス的な、
無機質な行為。

ようは
リストを取る為。

売る為に、
無料でステップメールを送る。

そんな感じ。

でも、吉田松陰が
説いているような思想、思考を
そこに入れるならば、

その行為事態が
人間が本来持っている
自然の行為なのかもしれない。

ようは、
ギブする事は特別な事でも無く、
人間として普通の事って話。

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ガザ、イスラエルの
死者計5100人以上に
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既にニュースを
見ている人は、

パレスチナ自治区で
凄い事が起こっている事は
ご存知だろう。

沢山の人が死んでいる。
しかも、全く関係のない
市民がどんどん死んでいる。

そして、
血だらけになって横たわっている人、
がれきに埋もれてしまった人、

そんな人達を、

みんなが、助けて、
命を救おうとしている。

別に、そこで助けている人達は、
殆どが赤の他人だろう。

一度もあった事も無い、
一度も話した事も無い。

でも、目の前で
血だらけで死にそうになっている。

そんな人を見たら、
自然に、助けようと動く。

それが人間が本来持っている
ものなんだよね。

仮に、

「お金を貰えないなら、
 助けないですよ。」

「そんな助けてたら
 自分も危ないから
 自分が逃げるのが先!」

目の前に
死にそうな人、困っている人が居て、
あなたは、そうなるだろうか?

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まとめ
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勿論、
情報ビジネスをスタートする理由。
コンテンツビジネスをやろうとする理由。

それは、
間違いなく、

自分が自由になりたい。
自分が稼ぎたい。

それがキッカケに
なる事は多いだろう。

しかし、

もし、永続的に、継続的に、

情報ビジネスや
コンテンツビジネスを
やっていきたいなら、

根本的なコアな部分は、

⇒自分の情報発信によって目の前の人を救う
⇒自分のコンテンツで目の前の人を救う

そんな思想、考え方が
あれば、恐らく売上は安定して
ずっと上げられるようになると思うんだよね。

じゃぁね。

チャオ(・∀・)